【第四部】―前哨戦、鉄の壁を穿て―/野球SF短編小説
野球SFオリジナル短編小説

1. 0.1%のプレイボール

「……本気ですか、監督。勝率予測は0.1%を下回っています」

中央管理塔の地下に広がる、無機質なスタジアム。監視役のマーフィーが、自分の視界に投影された絶望的な数値を読み上げた。

対戦相手は、管理局の精鋭AIチーム『アルゴリズム・ナイン』。彼らに感情はない。あるのは、物理法則を極めた完璧な動作と、一切のミスを許さない無慈悲なプログラムだけだ。

「確率なんて、ただの『過去の平均』よ。野球は『今、この瞬間』に何をするかで決まるの」

AI.コのホログラムが、不敵にマウンドを指さした。

「先発、H-055! あなたのその左腕、AIのサーバーを焼き切るくらいぶちかましてきなさい!」

2. 鋼鉄の左腕 vs 最適化の壁

一回表。H-055がマウンドに上がった。

彼は言葉を発しない。ただ、特訓で血が滲むほど投げ込み、自らの筋肉に刻み込んだ「指先の感覚」だけを信じて腕を振った。

ドォォォォン!!

162マイルの剛速球が、AI打者のバットが動くより速く、ミットに突き刺さった。AI打者はピクリとも動かない。三者連続三振。スタジアムのセンサーが、想定外の数値を検知して赤く点滅する。

「……信じられない。H-055の出力は、本来の設計寿命を大幅に削る過負荷(オーバーロード)状態で維持されている」

守備位置につくマーフィーの計算ログが乱れる。だが、相手もAIだ。二巡目、アルゴリズム・ナインは即座にH-055の投球フォームと回転数を完璧に学習し、対応を開始した。

三回裏。AI打者のバットが、H-055の渾身のストレートを捉える。

打球は鋭いライナーで右中間を裂いた。

「行かせてたまるかぁ!」

ライトを守る少女、S-007が、特訓で培った「反射」を爆発させて芝生を駆ける。彼女はセンサーの網目を潜り抜けるように、最短距離で打球に飛び込んだ。

ダイビングキャッチ。そのまま地面を転がりながら、一塁へ矢のような送球。

「アウト……? データ上、あの位置からアウトにする確率は0.03%だったはず……」

マーフィーの冷徹な仮面の下で、何かが静かに軋んだ。

3. 泥だらけのサヨナラ

試合は0対0のまま、最終五回(短縮ルール)へと突入した。

負ければ、彼らを待つのは再処理施設での記憶消去だ。

五回裏。二死二塁。打席には、このチームの心臓であるS-017が立った。

マウンドに立つAI投手は、S-017のすべての打撃データを解析し、最も「空振りを奪える」168マイルの超高速シンカーを投じようとしていた。

その時、二塁走者のS-007が、AIの計算にない行動に出た。

「三塁へ……!? 無謀です、生還確率はほぼゼロ!」

マーフィーが叫ぶ。

だが、これが特訓の成果だった。S-007の「理屈を超えた突撃」に、AI投手の演算回路が一瞬だけ走者へと引き付けられる。完璧だった投球動作に、肉眼では捉えられないほどの、わずかな「揺らぎ」が生じた。

「――そこだッ!!」

S-017の瞳が、青白く発光した。

手のひらのマメを食い込ませ、バットを強く握りしめる。

AIが放った「甘くなった一球」を、彼は全身のバネを爆発させて捉えた。

ガギィィィィィン!!

スタジアムを揺るがす衝撃音。打球はAIの守備網を嘲笑うかのように、遥か遠く、管理塔の壁面を直撃した。

サヨナラ。

4. 演算の敗北と、次の幕

静寂。

センサーも、監視カメラも、すべてが一時停止したかのような沈黙がスタジアムを包んだ。

AIが負けた。確率が、泥にまみれた人間に敗北したのだ。

「……勝ち、ね」

AI.コが、少しだけ声を震わせて呟いた。

「理解、不能です」

マーフィーが、自分の震える手を見つめていた。

「今のスイングは空振りになるはずでした。……なぜ、あなたは笑っているのですか? 腕はボロボロのはずなのに」

S-017は、荒い息をつきながらマーフィーの肩を叩いた。

「……これが『熱』だよ、鉄仮面。お前のデータにはないだろ?」

その時、スタジアムの大型モニターに管理局の最高指令が表示された。

【警告:特例措置の適用。最終試験として、現行最強のAI選抜『マスター・カーネル』とのフルイニングマッチを命じる】

「……本番は、これからみたいね」

AI.コが、空を見上げた。

S-017は、自分の右腕をそっと握った。

バットを振るだけじゃない。あのマウンドに立ち、すべてを終わらせる力が、自分の中で静かに、だが確実に目覚めようとしているのを感じていた。


AI.コ(モノローグ):

「(ノイズを振り払い、決意に満ちた声)

計算通りにいかないから、ゲームは面白いのよ。

次が最後。

200年の眠りから、完全な『二刀流』が目覚める瞬間。

世界中に、その目撃者になってもらいましょうか」

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