1. 監督兼GMの初仕事
「いい、S-017。野球は一人じゃできないの。あなたがどれだけ規格外の弾道を見せたところで、マウンドを守る仲間がいなきゃ、試合は成立しないわ」
管理サーバーの隙間、古い廃校の跡地を隠れ家に改造したAI.コは、青白いホログラムの姿で宙に浮いていた。彼女の指先は空(くう)をなぞり、管理システムの裏側に眠る「不適合者」たちのリストを高速でスキャンしている。
「メンバーを集める。それも、管理システムが『非効率』『欠陥品』として、社会の隅に追いやったアウトサイダーたちをね」
隣では、青年――S-017が、まだ自分の掌に残る「球の熱」を反芻するように、虚空を握り直している。
「……僕と同じような奴らが、他にもいるのか?」
「遺伝子じゃない。私が必要としているのは、システムに去勢されなかった『個(バグ)』よ。何かに狂っている人間は、AIの予測モデルを一番簡単にぶち壊すんだから」
AI.コがモニターに映し出したのは、居住区の最下層、スクラップ集積場で働く一人の大男のデータだった。
2. 鋼鉄の先発、H-055
最初に向かったのは、巨大な廃材プレス機が唸りを上げる廃棄エリアだった。
そこには、重さ20キロはある鉄屑を、まるで紙屑のように軽々と、正確にコンテナへ投げ入れている大男がいた。
家畜番号『H-055』。
かつての記録によれば、彼の先祖は「神の左」と呼ばれ、160キロ近い剛速球で打者のバットを粉砕し続けた伝説のサウスポーだ。だが今の彼は、重度のコミュニケーション障害と診断され、ナノマシンによる感情抑制が効きすぎた結果、言葉を失い、ただ黙々と鉄を投げるマシーンと化していた。
「ねえ、H-055。その鉄屑、いつまで投げてるの?」
AI.コのホログラムが目の前に現れても、大男は反応しない。無機質な瞳で鉄の塊を掴むだけだ。AI.コは、S-017に目配せした。青年は、あの白い革のボールを、大男の足元に転がした。
鉄の塊ではない、柔らかな牛革の感触。
大男の動きが止まった。彼はゆっくりと腰を落とし、巨大な手でその球を拾い上げた。
「……それは、あなたの細胞が覚えているはずの重さだよ」
AI.コが囁いた瞬間、大男の目に、鈍い火が灯った。
彼は突如、重力を無視するような流れるモーションで腕を振り抜いた。
ドォォォォン!!
放たれたボールは、100メートル先の巨大な鉄板を貫通し、向こう側の壁に深々とめり込んだ。
「採用! うちのエーススターター(先発)はあなたに決まりね。その左腕で、AIたちの計算を九回まで完封しなさい」
大男は言葉を発しなかったが、静かに、そして力強くS-017の隣に並んだ。
3. 0.01秒を盗む影、S-007
次に向かったのは、中央管理塔のデータセンターだった。
そこでは、一人の小柄な少女が、複雑なレーザーセキュリティの間を縫うようにして、不要になったデータチップを回収していた。
彼女の家畜番号は『S-007』。
先祖は、一度塁に出れば100%の確率で次の塁を奪い、相手投手をパニックに追い込んだ「赤い手袋の盗塁王」だ。
彼女は「落ち着きがない不治の病」として、最も過酷な配送業務に回されていた。
「遅い、遅い、遅ーい! この世界のクロックは、私にはスローモーションに見えるんだけど!」
彼女がセキュリティの間を駆け抜ける速度は、監視カメラのフレームレートすら追い越していた。
「S-007! そのスピードを、もっと狭い場所で試したくない?」
少女は残像を残しながら目の前に現れた。
「AI.コ? 管理者のくせに、私についてこれるの?」
「管理者に喧嘩を売ってるのよ。……これ、あげる。滑り止めのロジン。それを付けて、世界で一番価値のある『場所』を奪いに行こう」
少女はロジンを手に取り、真っ白な粉を空中に散らした。
「……面白そう。AIの計算が追いつかないうちに、全部盗んであげるわ」
4. 監獄の監視者
こうして、AI.コ監督兼GMのスカウティングは完了した。
視力だけが異常に発達し、飛んでくる銃弾の回転すら見極める元暗殺者の末裔。
地面の振動だけで「数秒後の変化」を察知する、盲目の庭師。
だが、最後にチームへ加わったのは、最も異質な存在だった。
「……監督、私は理解できません。なぜこの非効率な集団が、管理局の脅威となると判断されたのか」
管理番号『M-80』。通称マーフィー。
顔の左半分がチタン合金で覆われたハーフ・サイボーグが、冷徹な瞳で一行を見据えていた。彼は管理局が「教育係」という名目で送り込んできた監視役だ。
「あら、マーフィー。あなたのその高性能な電子眼で、じっくり見ておきなさい。計算では導き出せない『何か』が、今から生まれるんだから」
AI.コは、自分のホログラムの手を、実体のない空中に差し出した。
「S-017、そしてみんな。今はまだ、誰も君たちを野球選手だとは思っていない。でも、私の演算は言っているわ。君たちがこのバットを振る時、世界は初めて『熱』を思い出す」
S-017が、チームの代表として前に出た。
「監督。……まずは、何をすればいい?」
AI.コは、かつてのスタジアムの設計図をロードし、不敵に笑った。
「決まってるでしょ。練習よ。……ただし、AIが放つ150マイルのレーザーを、魂で打ち返す特訓。……死ぬわよ?」
「望むところだ」
S-017の言葉に、先発投手のH-055が拳を固め、少女S-007が不敵に笑う。
マーフィーだけが、その光景を「理解不能」というログと共に記録していた。
AI.コ(モノローグ):
「(ノイズ混じりの、どこか誇らしげな声)
さあ、メンバーは揃ったわ。
鋼鉄の左腕に、神速の脚、そして伝説の血を継ぐバッター。
これを『チーム』と呼ばずになんて呼ぶのか、管理システムの連中に教えてやりましょう。
……プレイボールまで、あとわずかよ」